【紛争予防の視点】デジタル遺言でもモメるポイントはここ〜遺言能力・不当な影響・遺留分の話〜

こんにちは!ごとう行政書士事務所の後藤です。

これまで複数回のコラムで、デジタル遺言の全体像・中身・他の方式との比較を見てきました。

ここまで読んでくださった方から、次のような深いご質問が寄せられるようになってきました。

制度が整えば、家族での揉めごとは減るんですか?

デジタル遺言になっても「遺言が無効だ」って争いになることはあるんですか?

結論から申し上げますと、方式がデジタル化・保管制度化されても、「紛争の種」は残ります

今回は、今度の改正で整理される保管証書遺言(仮)を念頭に置きつつ、遺言が争われる古典的な3論点、遺言能力・不当な影響・遺留分と、デジタル化特有の新しい論点を、法制審議会で実際にどう議論されてきたかを織り交ぜながら整理します。「制度ができれば家族は揉めない」という思い込みから、一歩抜け出すための回です。

目次

この記事でわかること

  • 方式がデジタル化しても残る、遺言紛争の古典的な3論点
  • 法制審議会の議論から見えてくる、デジタル遺言特有の新しい争点
  • 遺言書がある=安心、ではない理由
  • 紛争を予防するために、作成段階で組み込んでおきたい工夫

前提:「方式が有効」と「家族が納得する」は別の話

まず押さえておきたいのが、遺言が法律的に有効であることと、家族が納得して争わないことは別の問題だということです。

どんなに方式要件を満たし、公証人や保管官が関与した遺言であっても、

  • 書いた当時の意思能力に疑いがあれば争われる
  • 書くプロセスで不当な影響があれば争われる
  • 書いた中身が遺留分を侵していれば別の請求が発生する

というものです。そして、これらの論点は保管証書遺言(仮)になっても、基本的にはそのまま残ります

では、ひとつずつ見ていきます。

論点1|遺言能力(民法963条)「書いた時点の状態」が争われる

民法963条(遺言能力)
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

民法963条は、「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」とだけ定めています。短い条文ですが、実務では最も頻繁に争われる論点のひとつです。

争点の立て方としては、たとえば次のようなものがあります。

  • 認知症の診断がある中で書かれた遺言の効力
  • 脳梗塞後の言語障害や集中力低下の時期に書かれた遺言
  • 入退院を繰り返していた時期の遺言

裁判で実際に判断の材料となるのは、遺言内容の複雑さ・作成経緯・関与者・診療記録・当時の認知機能検査の結果などです。「書けたかどうか」ではなく、その内容をちゃんと理解し、判断できる状態だったかが問われます。

保管証書遺言(仮)では、作成段階が電磁的記録になり、電子署名が組み合わさります。そのため、「署名は本人のものだが、内容を理解していたか」は引き続き別問題として残ります。制度が整っても、書いた当時の意思能力の立証という古い論点は消えません。

論点2|不当な影響  ウェブ会議時代の「見えない働きかけ」

家族の誰かに誘導されて書いた、通帳を握られて書かされた、という不当な影響(働きかけ)も、古典的な紛争の原因です。

保管証書遺言(仮)の要綱案(法制審議会 民法部会)では、ウェブ会議方式での保管申請・口述が例外的に認められる一方で、「不当な働き掛けを防止する目的」から、次のような建付けが組み込まれています。

  • ウェブ会議方式は申請人からの申出+保管官が「相当と認める」場合のみ
  • 不当な影響のおそれがあると判断されれば、保管官は出頭を求めることができる
  • 本人確認は顔写真付き身分証で厳格に行う

法制審議会 第17回議事録(令和8年1月20日)では、委員から次のような懸念が示されています。

  • カメラの外から家族が指示を出している可能性
  • 通信が途切れた瞬間に、別人や合成映像に切り替わるリスク(なりすまし・ディープフェイク)
  • 「相当と認める」の範囲をどこまで丁寧に運用するか

要するに、デジタル化によって「物理的な対面の重み」が一部なくなる分、「不当な影響」の判断はむしろ繊細になるというわけです。

ただ、大前提として公証役場や法務局では、日頃から顔写真付き身分証明書を用いた本人確認が厳格に行われています既存の実務の厳しさが土台にあり、その延長線上に新方式の運用が乗る設計です。

【個人的なお話】
法制審の議事録を読んでいて、印象に残ったやり取りがあります。ある委員は「デジタル化の便利さを最大化したい」と主張し、別の委員は「高齢者の意思が歪められるリスクを最小化したい」と応じていました。便利さと守りのせめぎ合いが最後まで続いたうえで、「原則出頭、例外ウェブ会議、疑義があれば出頭」という三段構えの運用に落ち着いたんですね。制度は、利便性と保護のバランス設計を大切にしているな改めて感じた場面でした。

論点3|電磁的記録の真正性 新しい方式特有の争点

保管証書遺言(仮)では、電磁的記録(PCやスマホで作ったデータ)に電子署名を付すことが要件になります。電子署名の方式は省令で今後決まる見込みで、マイナンバーカードの公的個人認証・商業登記電子証明書・JIS規格のいずれを採用するかが議論中です。

このデジタル化は便利な一方で、新しい争点も生みます。たとえば、

  • 遺言者本人の端末・電子証明書を誰が管理していたか(家族が勝手に操作した疑い)
  • 作成日時のタイムスタンプと、意思能力があった時期のズレ
  • 通信が切れたタイミングでの改ざん・すり替え疑惑

こうした「電磁的記録そのものの真正性」は、紙の時代にはなかった争点です。法制審議会 第17回議事録でも、委員からディープフェイクや通信ダウン時のなりすまし対策の重要性が指摘されています。

対策は省令・通達・運用ガイドラインで詰められていく予定です。ライブネス認証(画面の前に本当に人がいるかの確認)や、再接続時の再認証などが検討されています。

論点4|証人・立会人の欠格事由

もうひとつ、見落とされがちなのが証人・立会人の欠格事由です。現行の民法974条では、未成年者や推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族、公証人の親族などが、証人・立会人になれないと定められています。

民法974条(証人及び立会人の欠格事由)
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人

今回の改正案では、要綱案にて、受遺者の被用者・役員も欠格事由に追加される方向で整理されました。法人を受遺者にする場合に、その法人の社員や役員が証人に入っていた、という構図の利益相反を防ぐためです。

法制審議会 第17回議事録では、信託の受託者(信託銀行・信託会社)が「受遺者」に該当するかどうかという解釈論のやり取りもあり、信託併用型の遺言を想定する方には実務上の重要ポイントになります。公正証書遺言を選んだ場合の証人選びも含めて、この論点は改正後に再整理が必要になります。

論点5|遺留分(民法1042〜1046条) 制度ができても消えない家族の取り分

民法1042条(遺留分の帰属及びその割合)
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

そして、どの方式を選んでも残るのが遺留分です。民法1042〜1046条に定められた、一定の相続人に最低限保障される取り分のことで、

  • 直系尊属のみが相続人の場合:財産の3分の1
  • それ以外の場合:財産の2分の1
  • 兄弟姉妹には遺留分なし

という形になっています(1042条)。

2019年7月1日施行の改正で、遺留分は金銭債権化(遺留分侵害額請求権/民法1046条)されました。不動産などの現物返還ではなく、金額での請求に統一された形です。

「長男にすべてを残す」「特定の家族以外に寄付する」といった遺言を書いた場合、遺留分を侵害された相続人からの請求が発生しえます。これは、保管証書遺言(仮)を含め、どの方式で作った遺言でも変わりませ

遺留分を織り込んだ設計が必要なのは、今も、改正後も、同じです。

論点6|付言事項と家族への説明 法的効力は無いが、紛争予防には効く

最後に、法的拘束力はないけれど実務でいちばん効く話をします。

付言事項は、遺言書の中に書く「法定遺言事項以外のメッセージ」のことです。たとえば、

  • なぜこの配分にしたのか、の理由
  • 家族への感謝や謝罪
  • 残された家族への希望

などが含まれます。これらは遺言の法的効力には影響しませんが、遺留分侵害額請求を思いとどまらせたり、相続人同士の感情的対立を和らげたりする場面で、しばしば大きな力を発揮します。

「書いたものの中身」を家族に事前に話しておくかも、同じくらい大事です。書いて放置された遺言は、制度的に有効でも、受け取る側の納得を得られないことがあります。書くプロセス自体を家族の対話の機会にするという発想は、どの方式を選んでも通用します。

まとめ:方式はあくまでも器、どのような遺言内容にするかが大切

今回の要点を整理します。

  • 方式がデジタル化されても、遺言能力・不当な影響・遺留分という古典的な3論点は残る
  • 保管証書遺言(仮)のウェブ会議方式には、「不当な影響」の新しい判断論点が加わる
  • 電磁的記録の真正性(なりすまし・ディープフェイク対策)は、省令・運用で整備される予定
  • 証人・立会人の欠格事由の改正は実務に影響する
  • 遺留分は改正後も維持される。付言事項や家族への説明は紛争予防の重要ツール

方式はあくまでも器です。器を整えるだけでなく、中身(誰に・何を・なぜ残すか)と、家族との関係性を並行して準備していくことで、はじめて「揉めない遺言」に近づきます。

次のコラムでは、このシリーズの最終回として、「2028年度中の施行を待つべき人/今から動くべき人」の判断の整理、そして今日から踏み出せる備えを取り上げます。

「自分の遺言が、将来家族にどう受け止められるか不安」「遺留分を含めてどう設計したらいいか知りたい」というご相談は、ごとう行政書士事務所までお気軽にお問い合わせください。
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(参照情報)法令(e-Gov)

(参照情報)法務省

(参照情報)日本公証人連合会

(参照情報)閣議決定関連の報道

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