行政書士 後藤こんにちは!ごとう行政書士事務所の後藤です。
以前のコラムで「デジタル遺言」の全体像をご紹介したところ、すぐにいくつかご質問をいただきました。


とくに多かったのが、次の2つです。



スマホやパソコンで書いて、送信したらそれで終わりじゃないんですか?



「法務局に口述」ってあったけど、あれは結局何をするんですか?
このあたり、ニュースの見出しなどではほとんど触れられていないのですが、制度としてはいちばん肝になる部分です。先に結論だけお伝えすると、保管証書遺言(仮)は「スマホだけで完結する制度」ではありません。作るところはデジタル、ただし最後は保管官の面前で全文を口述する、という2段構えの設計に現状はなっています。


今回は、この「デジタル遺言」と呼ばれている 保管証書遺言(仮) の中身を、6つのステップに分解して解説していきます。ちょっと長くなりますが、読み終わる頃には、どんな手続きで、どこまでオンラインで、どこからは直接出向く必要があるのかのイメージが持てるようになっているはずです。
この記事でわかること
- 保管証書遺言(仮)の作成から死亡後の閲覧までの6ステップ
- 「スマホで全部できる」と「最後は出頭が必要」のあいだにある制度設計の理由
- 法制審議会で実際に議論されていた「甲案・乙案・丙案」の選択経緯
- 2026年4月3日閣議決定後、いま国会で何が起きているか
保管証書遺言(仮)とは、そもそも何か
前回の記事のおさらいから入ります。
現行の民法では、普通方式の遺言として自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3つが認められています。今回の民法改正案では、これに続く第4の方式として、デジタル技術の利用を前提にした新しい遺言方式が追加されます。それが「保管証書遺言(仮)」と呼ばれているものです。
2026年(令和8年)1月20日に法制審議会の部会が要綱案を全会一致で決定し、2026年4月3日には民法等の一部を改正する法律案として閣議決定、同日国会に提出されました。施行は2028年度中を目指す方針と報道されています。
要綱案の骨格は、一言でまとめるとこうなります。
「遺言本文はパソコン・スマホで作ってもいい。ただし法務局に保管申請し、本人確認と全文の口述を経たうえで保管官が預かる」
ここから先は、現状案としてあがっている「保管証書遺言」の仕組みを6ステップに分けて順に見ていきます。
ステップ1|作成:紙でも、電子データでもOK
まずは遺言本文を作る段階です。
現行の自筆証書遺言は、原則として全文・日付・氏名を自書する必要があります。保管証書遺言(仮)では、ここが変わります。
- 紙に手書きしてもよい
- パソコンやスマホで入力してもよい(電磁的記録)
- 電磁的記録で作る場合は、遺言者本人の電子署名を付すことが要件
つまり、自書要件が外れるのがいちばん大きな変化です。高齢や病気で字を書くのがつらい方、視力や握力が落ちてきた方にとっては、制度としての価値が大きい部分になります。
ただし、どの種類の電子署名を使えるかは、要綱案では詰まっていません。マイナンバーカードの公的個人認証、商業登記電子証明書、JIS規格の電子署名など、複数が議論されており、具体的な方式は今後の省令等で決まる見込みです。
ここでのポイント
- 自書要件は外れる。パソコン・スマホで作った遺言が第4の方式として認められる方向
- 電子署名は必須だが、方式は省令で具体化される予定
- この「作成」段階だけを見ると一見手軽に見えますが、以下のステップ2以降が本番です
ステップ2|保管申請:法務局への申し込み
作成した遺言は、法務局(遺言書保管所)に保管申請します。単にクラウドやスマホに保存しておくだけでは、遺言として効力は発生しません。
この保管制度そのものは、実は2020年から既に運用されている自筆証書遺言書保管制度がベースになっています。「保管所」も「保管官」も、同じ枠組みを拡張する形で使われる設計です。
申請の方法には、原則と例外があります。
- 原則:遺言者本人が法務局に出頭(書類を持参、または電子データを持ち込む)
- 例外:ウェブ会議方式(「申請人からの申出」+保管官が「相当と認める」場合のみ)
ウェブ会議方式が例外扱いになっているのは、不当な働きかけを防ぎたいという制度側の意図があるからです。カメラの外から家族が指示していたり、画面に映らないところで圧力をかけていたり、そうしたリスクを直接会って確認する原則でまず排除する、という考え方が背景にあります。
ステップ3|本人確認:保管官による顔写真付き身分証チェック
保管申請を受けた保管官は、遺言者本人かどうかを顔写真付きの身分証明書で確認します。いちばんの想定はマイナンバーカードです。
この本人確認は、突然厳しくなるわけではありません。公証役場や法務局では、日頃から顔写真付きの身分証明書を用いた本人確認が厳格に行われています。保管証書遺言(仮)でも、その既存の運用の延長線上に新しい手続きが乗るイメージです。
そのうえで、新しい論点として検討されているのが、ウェブ会議方式での画面越し確認の扱いです。こちらは対面とは事情が変わってくるので、たとえば、
- マイナンバーカードの電子証明書との照合
- ライブネス認証(画面の前にいるのが本当に生きた人間であることの確認)
- 通信ダウン時・再接続時の再認証の手順
など、一段踏み込んだ運用が省令・通達で整備されていく方向です。部会では委員から、「通信が切れたタイミングを使って、別人やAI生成映像にすり替えられるリスク」まで指摘がありました。普段の公証実務の厳格さ+ウェブ会議特有のリスク対策という二層構造で、本人確認を組み立てる流れになっています。
ステップ4|全文の口述:いちばんの山場
6ステップの中でもっとも制度の本丸なのが、この「全文の口述」です。
「遺言者本人が、保管官の面前で、遺言の内容(趣旨)を読み上げる」
これが、保管証書遺言(仮)を成立させるための要件として明確に組み込まれています。
なぜ、このアナログな手順が残ったのか。
法制審議会では、最初の中間試案(2025年7月)の段階で、3つの案が並んで検討されていました。
- 甲案:遺言者が全文を朗読する様子を録音録画して、データごと保管する案(甲2案などもありました。)
- 乙案:電子署名+法務局保管で完結させる案
- 丙案:公証人のような中立的な立会人が面前で確認する案
議論の末、甲案は「録音録画を金融機関や登記所が実務でどう使うかの整理が難しい」という理由で見送りとなり、乙案の電子署名保管と、丙案の対面確認要素を統合した形で要綱案がまとまっているようです。
つまり、今回の制度は 「作成はデジタルで柔軟に、最終確認は保管官の面前で確実に」 という二段構えになっているわけです。報道で「スマホだけで完結」というニュアンスが先行していますが、制度の実態はそこに対面の重みがしっかり残っています。
なお、口述はウェブ会議方式が認められる場面でも必要です。「相当と認める」とされた場合は画面越しでの口述でもよいものの、「不当な影響のおそれ」があると判断されれば、保管官は出頭を求めることができる設計になっています。
ステップ5|保管:生前は本人しか中身を見られない
口述まで無事に終わると、保管官は電磁的記録や関連情報を保管所のシステムで管理します。
- 保管期間中は、遺言者本人のみが閲覧・撤回可能
- 家族であっても、遺言者が生きているあいだは中身を見ることはできません
- いつでも撤回(保管の撤回・遺言内容の変更)が可能
そして、保管証書遺言(仮)のメリットとして大きいのが、家庭裁判所での「検認」が不要な点です。通常の自筆証書遺言を自宅で保管した場合、死後にまず検認という手続きが必要になりますが、保管制度を使うとこの手続きを省くことができます。これは、既存の自筆証書遺言書保管制度と同じ発想です。
ステップ6|死亡後の閲覧請求と、他の相続人への通知
遺言者が亡くなった後、相続人・受遺者・遺言執行者などは、遺言書保管所に対して遺言書情報証明書の交付や閲覧を請求できます。
ここでもうひとつ制度として組み込まれているのが、他の相続人への通知です。誰かが閲覧・証明書の交付を受けると、保管所から他の相続人等にも通知される仕組みになっています。「一部の相続人だけが遺言を抱え込み、他の家族が知らないままになる」というトラブルを、制度の側から予防する設計です。
この証明書を使って、不動産の相続登記や金融機関での払い戻しなどの実務手続きに進んでいく流れになります。
「スマホで完結」と言えない理由を、もう一度
ここまでで、全体像が見えてきたかと思います。
保管証書遺言(仮)が「スマホで完結」ではない理由を、あらためて整理すると次のとおりです。
- 作成段階は、たしかにパソコン・スマホでOK
- ただし、保管申請は法務局への出頭が原則(ウェブ会議は例外)
- 保管官の面前で、全文を口述する手続きが必要
- ウェブ会議でも、不当な影響が疑われれば出頭に切り替えられる
- 電子署名・本人確認の詳細は省令に委ねられており、今後確定
テレビやネットの見出しだけを見ていると、「これからは全部オンラインで済むんだ」という印象を受けやすいのですが、制度の設計者が一番気を遣ったのは「遺言が本物であること」の担保ですね。そこを外してしまうと、デジタル化の便利さが逆に家族の揉めごとを増やしてしまいかねません。
いま、国会ではどうなっているのか
最後に、2026年4月時点での国会の動きを整理しておきます。
- 2026年1月20日:法制審議会 民法(遺言関係)部会 第17回で要綱案を全会一致で決定
- 2026年2月12日:法制審議会総会で答申
- 2026年4月3日:政府が民法等の一部を改正する法律案として閣議決定。同日、国会に提出
- 国会:第218回通常国会で成立を目指す方針と報道されています
- 衆参の審議入り日・採決時期・公布のタイミングは、現時点では未確定。今後の国会審議の進捗で動きます
今回の法案は、保管証書遺言(仮)の新設だけの法案ではありません。成年後見制度の見直しと保管証書遺言(仮)の創設が、ひとつの改正パッケージとして提出されています。そのため、国会審議では、成年後見の部分の議論のボリュームが大きくなる可能性があり、可決・成立のタイミングは単独法案より読みづらいところがあります。
最後に
今回の内容をまとめます。
- 保管証書遺言(仮)は6ステップで構成されており、「スマホで作って終わり」ではない
- いちばんの山場はステップ4の「全文の口述」。中間試案の甲・乙・丙案を統合した設計
- 原則は出頭、例外的にウェブ会議可。「不当な影響のおそれ」があれば出頭に切り替え
- 電子署名の具体的な方式・保管手数料・本人確認の運用基準は省令で今後確定
- 国会提出済みで、通常国会での成立を目指す方針。現時点で成立・公布時期は未確定
制度の輪郭がわかると、「うちの場合はどの遺言方式が合いそうか」を具体的に考えやすくなってきます。また改めてコラムの方で、今ある自筆・公正・秘密証書の3方式と、新しい保管証書遺言(仮)を横並びで比較しながら、実際の選び方の軸を整理していく予定です。
「作成の手軽さ」「確実性」「費用」「家族に知らせるタイミング」──どこを優先するかで、答えは意外と分かれるんですね。比較軸を持ってから選ぶと、「なんとなく公正証書にしておこう」から一歩踏み込んだ判断ができるようになります。
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